育てる人と共感する人は、なぜ惹かれ合うのか
メンターは、自分がときどき一方的に説教してしまわないかと気をつけています。だから同じ目線で気持ちに気づく共感者のそばで、自分が教える人との距離を縮めます。
共感者は反対に、慰めるのは得意でも、慰められた人がこれからどこへ向かえばよいかは分からずに困ります。メンターに出会うと、共感者が温かく慰めた人が、ようやく成長するようになります。
メンターは人を成長させることにやりがいを感じ、共感者はそばにいる人の気持ちを、自分の気持ちとして感じます。メンターは育てる人で、共感者は一緒に感じる人です。
教えるメンターと共感する共感者が一緒にいると、メンターは厳しくなりすぎずに教えられ、共感者は共感した人をどこへ導けばよいかが分かります。以下では、二人がどんな点で人を助け、どんなことで一緒に疲れるのかを、いくつかの角度から書きました。
メンターは、自分がときどき一方的に説教してしまわないかと気をつけています。だから同じ目線で気持ちに気づく共感者のそばで、自分が教える人との距離を縮めます。
共感者は反対に、慰めるのは得意でも、慰められた人がこれからどこへ向かえばよいかは分からずに困ります。メンターに出会うと、共感者が温かく慰めた人が、ようやく成長するようになります。
二人のいちばんの強みは、人を成長させながら慰めもすることです。メンターが進む方向を示すと、共感者はその途中で疲れた気持ちを気づかいます。方向を示すだけなら冷たく追い立てることになり、慰めるだけなら成長しませんが、二人が一緒にいるとき、人は傷つかずに成長します。
二人は集団を見守る仕事が特に得意です。メンターが一人ひとりの可能性を伸ばし、共感者が人と人のあいだの気持ちを気づかえば、人が離れずにとどまる温かい集団ができます。
ほかの人に尽くす姿に互いに惹かれた二人は、肝心の自分たちの世話をすることには二人とも不慣れだと、後になって気づきます。二人は、初めに尊敬したまさにその点のせいで、後になって疲れ果てます。
メンターも共感者も、ほかの人に心を配ります。二人が一緒にほかの人の世話ばかりしていると、肝心の二人の関係を気づかう余裕が残りません。人を助けていた二人も、自分を忘れれば、二人とも疲れます。
いちばん大きな危険は、二人とも境界を立てないことです。メンターはどこまでも責任を持とうとし、共感者はどこまでも受け入れようとするので、断るべきときでも二人とも手を貸して、一緒に疲れます。
衝突を避けようとする特性が似ていることも危険です。二人とも人を傷つけたくなくて、気まずい事実を言わずに先延ばしにすると、言えば解ける問題がもっとひどくなります。ときには一人が思い切って先に率直に話すことが、関係を守ります。
互いを深く気づかう温かい連れ合いになります。ただし二人とも与えることに慣れているので、受け取る練習をして率直に気持ちを表せば、関係は長く続きます。
メンターは人を育て、共感者は気持ちを気づかうというように役割を分けます。人が離れない温かい組織をつくりながらも、二人とも働きすぎないよう境界を決めておく必要があります。
困ったときにいちばん先に思い浮かべる友人になります。互いの困りごとを進んで分かち合いながら、ときには助けてもらうだけでもかまわないと、互いに認め合う間柄です。
子どもに方向と愛情を一緒に与える、まれな子育てができます。ただし、子どもが自分で経験してみる機会を残しておき、世話をするうちに子どもの人生を代わりに生きてしまわないようにする必要があります。