殉教者、何が出会って生まれるのか
他人の苦しみに強く引かれる共感、自分が何を望んでいるかをよく分かっていない乏しい自己同一性、そして献身を疲れずにやり遂げる勤勉さ。この三つが一人の人に一度にあるとき、このパターンが生まれます。このパターンのある人は、時間と力を絶えず他人のためだけに使うのに、肝心のその献身の価値を、自分では認められません。
他人のことは全部面倒を見るのに、自分のことだけは見ない人
殉教者は信仰のために命を捧げた人、殉教者。転じて過度に自己犠牲する人。
現れる役割53のうちの一つ他人の苦しみに強く引かれる共感、自分が何を望んでいるかをよく分かっていない乏しい自己同一性、そして献身を疲れずにやり遂げる勤勉さ。この三つが一人の人に一度にあるとき、このパターンが生まれます。このパターンのある人は、時間と力を絶えず他人のためだけに使うのに、肝心のその献身の価値を、自分では認められません。
このパターンのある人は、時間も力もお金も、いつも他人のために先に使います。家族の世話、職場への献身、友人の危機を助けることを、いつも自分の予定や回復より先にします。何を決めるにしても、自分がやらなければ誰がやるのかとまず考え、自分が本当に望んでいることは何かを、もう長く問うていません。
受け取ることは、なぜか負担に感じます。一生、受け取るより多く与え、献身を認められないと、知らないうちにだんだん怒るようになります。ある日、どうして私ばかり、と口にするようになったなら、それは長く自分の面倒を見てこなかった合図です。
心理学は、自分を守ったまま余裕から与えることと、自分の価値を確かめてもらうために自分を消耗させる犠牲を区別します。余裕から与える人は与えながら自分も回復しますが、犠牲を払う人は与えるほど疲れます。同じように世話をしても、自分が回復する時間を守るかどうかで、一生の献身の結果が変わります。
同じパターンでも、弱く表れている人と強く表れている人とでは、暮らし方が違ってきます。
薄いときは、温かく献身する人くらいで釣り合いを保てます。濃くなるほど、自分が回復する時間を持てなくなり、慢性的な消耗と抑え込まれた怒りが深まります。このパターンでは、自分のことと他人のことを分ける練習が、いちばん大切な対策です。自分が薄いほうと濃いほうのどちらに近いかは、測定してみると分かります。
このパターンのある人は、誰かが助けを必要としている場面で、すぐに手を挙げます。時間も力もお金も、いつもほかの人のために先に使います。家族の世話、職場への献身、友人の危機を助けることを、自分の予定や回復より先にします。何を決めるにしても、自分がやらなければ誰がやるのかと、まず考えます。
このパターンは、外からは責任感が強いことと見分けにくいものです。余裕があって与えることと、自分の価値を確かめてもらうために自分を消耗させることは、別のことです。何かを受け取るのがなぜか負担に感じるなら、責任感が強いのとは違う場合です。まず無料の76問でおおまかな傾向を確かめ、正式な288問で36の特性を一つずつ測って、このパターンの強さを確かめます。
どちらも、自分が損をしています。違うのは、その損を説明する言葉です。囚われた人は、「やられた」と言います。あらゆる出来事を、自分が被害を受けた話として解釈するのです。殉教者は、「自分で選んだ」と言います。ただ、献身が長く認められないと、殉教者も「どうして自分ばかり」と言うようになります。
このパターンは、直すべきものではありません。ほかの人の苦しみに引き寄せられる共感と、助けることを最後までやり遂げる勤勉さを、一人の人が両方持つのは難しいものです。結果は、自分が回復する時間を守れるかどうかで変わります。このパターンでは、自分のことと他人のことを区別する練習が、いちばん大切な手立てです。
この文書は自己理解を助けるための行動パターンの説明であり、医療・心理の診断や相談に代わるものではありません。日常生活が揺らぐほどの困難が続く場合は、専門家の助けを受けることをお勧めします。