RECURRING LOOP · 関係
人の評価に振り回される
お昼のメニュー一つ選ぶのにも「あなたは?」と先に聞いたことはありませんか? 人の評価に振り回されるのは自分の考えがないからではなく、評価が自分のどの部分に影響するかが人によって違うからです。
人の評価に振り回されるはなぜ繰り返されるのか
服を選ぶとき、意見を言うとき、進路を決めるとき、いつも同じ問いが最初に浮かびます。ほかの人はどう見るだろう。その問いを最初に浮かべるようになってからあまりに長いので、今では「自分は何がしたいのか」と自分に聞いても、答えが遅れるか、まったく答えられません。
評価に振り回される形は三つあります。一つ目は、ほかの人の同意を先に求める人です。何かを選ぶたびにほかの人の了解をもらってきた年月が長く、自分の好みや判断が何なのか分からなくなった人です。二つ目は、拒まれるサインに敏感すぎる人です。相手の表情が少し変わっただけで提案を引っ込め、言葉を控え、ほかの人に評価される前に自分から身を縮めます。三つ目は、見せたい自分の姿を手放せない人です。いつもほかの人からどう見えるかを気にして整えているので、見ている人がいないときにも、自分を飾ることをやめられません。
ほかの人の目をまったく気にしない人はいませんし、その必要もありません。ほかの人の目に気づくことは、社会で暮らすうえで必要な力でもあるからです。問題は割合です。判断するときに自分の好みをどれだけ反映しているかを見る必要があります。この文書は、自分の好みをもっと反映する方法をタイプ別に扱います。三つのタイプのうち自分がどれに当たるかから、確かめてみてください。
人の評価に振り回されるにも種類があるのか
| タイプ | ひと言の場面 |
|---|
| 認められるかで気分が変わる | “はっきりしない好み” |
| 拒まれるとひどく傷つく | “先に身を縮める人” |
| 見せる姿を飾る | “見せたい姿を手放せない” |
TYPE 1 · 認められるかで気分が変わる
人の評価に振り回される 1つ目のタイプ · 「はっきりしない好み」
このタイプの人の評価に振り回されるはなぜ生まれるのか
この人はいつもほかの人の反応を見て選びます。人の気持ちを察するのはむしろほかの人より早く、部屋の雰囲気や相手の表情にすぐ気づくのに、肝心の「自分は何がしたいのか」と聞かれると答えられません。自分がどんな人間なのかがはっきりしないので、服でも言葉でも進路でも、決めることをほかの人がどう見るかに任せてしまいます。問題は、任せるほど自分で判断するのが難しくなることです。自分で選んだ経験が増えないので、次の選択もほかの人の反応を見てようやく方向が決まり、それを繰り返しながら、ますますほかの人に頼るようになります。ほかの二つのタイプとの違いはここです。悪い評価が怖くて先に身を縮める人とは違い、この人は怖いというより、ただ基準そのものがないので、ほかの人に合わせて動きます。見せたい姿を作って自分を飾る人とも違います。その人はほかの人の好反応を得ようと自分から姿を作りますが、この人は作る姿もなく、ただ周りの雰囲気についていくのです。そのため外からは穏やかでおおらかに見えても、心の中では「これは本当に自分が望んだことなのか」という問いに、長い間答えられずにいます。
どんな場面で現れるのか
服屋で気に入ったものを手に取っても、レジの前で迷います。「これ、ほかの人が見たらどうだろう」がまず頭に浮かび、自分の好みが何だったのかははっきりしません。結局、無難だと言われるほうに替えて店を出ます。進路や趣味を選ぶときも同じです。面白そうなものより、「ほかの人から見て悪くない」ほうを選びます。どうしてそれを選んだのかと聞かれると、はっきりした理由の代わりに「そのほうがいいって言われたから」という言葉が出てくるのです。一日の気分も、ほかの人の反応で変わります。誰かがほめてくれると浮き立ち、逆に素っ気なく通り過ぎられると、大したことではないのに一日じゅう沈みます。その日の選択が正しかったかどうかを自分で判断できないので、ほかの人の反応を評価の代わりにしているのです。
いつ強まり、いつ収まるのか
知らない集団に新しく加わるときや、評価がかかった場面(面接、初対面の紹介、初めての飲み会)で、いちばん人の顔色をうかがいます。基準にする情報が少ないほど、まずほかの人の反応を確かめます。逆に、長い付き合いで気楽な数人といるときや、正解がはっきりした実務を扱うときは、目に見えて気にしなくなります。見ている人が少なく、やることがはっきりしていれば、ほかの人の反応を確かめなくてもすぐに動けるからです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「おおらかで合わせてくれる、気楽な人」と受け止めます。何を聞いても「何でもいいよ」と言うので、欲がないと思っています。実際には欲がないのではなく、自分の答えを言えないのです。心の中では望むことが確かにあるのに、それを信じて差し出す根拠が足りないので、安全なようにほかの人に任せておくのです。周りが気楽だと感じているその態度は、「自分が選んだら間違えるかもしれない」という不安から出ています。
何から変えればいいのか
方法は、順番を変えることです。何かを選ぶ前に「ほかの人の反応を抜きにしたら、自分は何がしたいか」をたった一行だけ先に書き、そのあとでほかの人の目を考えます。いつもほかの人の反応を先に見て決めていたのを、自分の望みを先に見て決めるように戻し、自分で判断する練習をし直すのです。小さく始めても、「自分で選んで悪くなかった」という経験が増えれば、自然とほかの人に頼ることが減っていきます。ただ、同じ一行を悪い評価に敏感な人が書いても合いません。その人は基準がなくて迷っているのではなく、非難が怖くて合わせています。自分の基準を書いておいても、誰かが眉をひそめそうな気配を感じただけで、書いた一行を自分で消してしまうのです。この方法は「基準がない」人にだけ効果があります。
この説明が合わない場合とは
選ぶときにはもう自分の好みがはっきりしているのに、「こうしたら悪く言われるかも」と思って引っ込めるなら、「認められるかで気分が変わる」タイプではありません。基準がないのではなく傷つくのを避けているのですから、そういう兆しが見えたら、悪い評価に敏感すぎる「拒まれるとひどく傷つく」タイプを見るのが正しい方向です。一人でいるときにもいつもほかの人にどう見えるかを意識しているなら、「見せる姿を飾る」タイプを見るべきです。
根拠: 自己概念の明確さの研究 (自分の姿がはっきりしないほど、ほかの人の目や評価に振り回されやすいと見る研究)
TYPE 2 · 拒まれるとひどく傷つく
人の評価に振り回される 2つ目のタイプ · 「先に身を縮める人」
このタイプの人の評価に振り回されるはなぜ生まれるのか
この人は良いことより悪いことに先に反応します。相手が少し顔をしかめたり、返信が少し間遠になったりしただけで、大きく傷つき、そうして傷つかないように、言葉や行動を前もって控えます。ほかの人に評価される前に自分で直して、安全な言葉と行動だけを出すのです。自分の気分が相手の反応ですぐに変わるので、相手が不機嫌になると自分も一緒に不安になります。問題は、避けるほど「どこが危ないか」ばかり見るようになることです。安全な範囲を狭めては狭めていくうちに、本当は言いたかった言葉や着たかった服まで危ないと考えて、言わなくなり、着なくなります。ほかの二つのタイプとの違いははっきりしています。認められないと動けない人は良い評価を求めて近づきますが、この人は悪い評価を受けないように後ろに下がります。近づくのではなく避けるのです。見せたい姿を作って自分を前に出す人とも正反対です。その人が前に出ようとする間、この人は目立つ行動を避けます。そのため外からは慎重で礼儀正しく見えますが、心の中ではいつも「もしかして自分が何か間違えたかな」と思い返しています。
どんな場面で現れるのか
自分が言ったことを何度も思い返す夜がよくあります。昼間に何気なく口にした一言が変に聞こえなかったか、相手が内心不快に思っていなかったかが気になって、布団の中でその場面を何度も思い出すのです。服を買うときも心引かれるものがないわけではありませんが、「これは目立って何か言われそうだ」と思えば、すぐに候補から外します。そのため目立たない無難なものだけが残り、好きだった服は危ないという理由で着なくなります。SNSも気が休まりません。投稿についた反応の数より、もしかしたら混じっているかもしれない冷たいコメント一つに先に目が行き、その一行がないことを確かめてから、ようやくほっとします。反応が良くても安心は一瞬で、次の投稿の前では、また危ないところから探します。
いつ強まり、いつ収まるのか
相手の機嫌が分かりにくいとき、特に力が強そうな人や冷たそうな人の前で、ぐっと身を縮めます。相手の反応が分からないほど、いちばん悪い場合を想像するからです。新しい関係の初めや、評価する権限がある人と向き合うときにも、ひどく緊張します。逆に、「何を言っても自分を見捨てない」と信じている何人かとの間では、目に見えてくつろぎます。相手に自分の欠点を見られても関係が壊れないことを経験すると、前もって言葉を控える理由がなくなります。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「礼儀正しく慎重な人」あるいは「自信のない人」と受け止めます。あまり意見を言わないので、消極的だと思っています。実際には言うことがないのではなく、その言葉が招くかもしれない厳しい反応を前もって計算して、言わずにこらえているのです。心の中にははっきりした考えや好みがあるのに、それを口にして傷つく危険が怖くて、安全な沈黙を選びます。静かなのは無関心だからではなく、傷つくのを避けるための守りなのです。
何から変えればいいのか
方法は、ほかの人の期待から少し外れることをわざと経験してみることです。ほかの人の期待に少し逆らう選択、たとえば自分の意見を控えずにそのまま言ってみて、「それでも何も起きなかった」ことを自分の目で確かめるのです。否定的な反応はそのまま傷になる、と固く信じてきたことを、反対の経験を一つずつ重ねて直していきます。成功とは相手が笑ってくれることではなく、相手が素っ気なくても何も問題がなかったと確かめることです。ところが、同じ練習を認められないと動けない人にさせても役に立ちません。その人は非難が怖いのではなく、認められないと動けない人です。反応がないことをじっと耐えたあとでも、「それで自分はうまくやれたのか」という問いに答えが得られないままです。この方法は、悪い反応に痛みを感じることが中心にある人にだけ、確かな効果があります。
この説明が合わない場合とは
素っ気ない反応に痛みを感じるというより、むしろ認められないと力が出なくて何度も確認を求めるなら、「拒まれるとひどく傷つく」タイプではありません。避けようとしているのではなく認められようとしているのですから、そういうときはほかの人の同意を求める「認められるかで気分が変わる」タイプを見てみるべきです。危険がない場でも自分から見せたい姿を飾って前に出すなら、「見せる姿を飾る」タイプのほうが近いでしょう。
根拠: 拒絶感受性の研究 (拒まれることを敏感に予想して恐れ、ほかの人の否定的な評価に強く反応する心理を扱った研究)
TYPE 3 · 見せる姿を飾る
人の評価に振り回される 3つ目のタイプ · 「見せたい姿を手放せない」
このタイプの人の評価に振り回されるはなぜ生まれるのか
この人は振り回されるというより、自分から見せたい姿を作ります。何を選ぶにしても、ほかの人からどう見えるかを先に考えて、服も言葉も行く場所も「こう見えたらいい」という姿に合わせて決めます。不安に押されてではなく、自分から進んで自分の姿を整えているところがはっきりしています。問題は、長く整え続けるほど、作り上げた姿に自分が合わせるようになることです。初めはこの人がその姿を選んだのに、いつの間にかその姿に合わせて服や言うことを決めるようになり、どの好みがもともと自分のものだったのかが分からなくなります。ほかの二つのタイプとはここが違います。基準がなくてほかの人にそのまま従う人とは違い、この人は基準を「ほかの人の好反応」に置いて、自分から自分を作っていくうちに自分を見失います。悪い評価が怖くて目立たないようにする人とも反対です。その人が目立たないようにしている間、この人は人前に出ていきます。そのため外からはセンスが良く自信がありそうに見えます。けれど見せたい姿を下ろして一人になった瞬間には、「じゃあ本当の自分は何が好きなんだろう」という問いに、なぜかどうしていいか分からなくなるのです。
どんな場面で現れるのか
この人にとってSNSは、自分を見せる場所です。投稿一つでも、どの角度の写真が反応が良いかを前もって計算し、ついた「いいね」の数を、その日うまく見せられたかを教えてくれる指標として受け止めます。進路や趣味を選ぶときも「みんなが良いと言ってくれそうな」ほうを選びます。これは基準がなくてほかの人に従っているのではなく、より素敵に見える姿を選ぶ感覚に近いのです。話題になる趣味、自己紹介のときに引き立つ肩書のほうへ向かいます。服を買うときも、気に入ったものをそのまま手に取るより、この服が作ってくれる印象を先に思い描きます。「今日はどんな人に見られたいか」を決めておいて、それに合うものを選ぶので、クローゼットには好きで買った服より見せるために買った服が多くなっていきます。
いつ強まり、いつ収まるのか
見る人が多い場や、反応がすぐに目に見える場(発表、集まり、SNS)で、いちばん自分を飾ります。見ている人が多く反応が早いほど、もっと飾りたくなります。逆に、誰も見ていない時間、たとえば一人で食事をしているときや夜遅く部屋にいるときは、ずっと飾らなくなります。ただ、長くほかの人に見られて生きてきた人ほど、見る人がいなくても習慣でほかの人の目を意識してしまい、完全にはやめられないことが多いのです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「センスが良く、自分に自信がある人」と受け止めます。いつも素敵に装って言いたいことをはっきり言うので、内心でも自信があるのだろうと思っています。実際には、その素敵な姿はよく作り込まれたものであることが多く、飾るのをやめると、基準にする本当の好みが思ったほどはっきりしていません。ほかの人が好反応を示してくれるときだけ、その都度自信を持っているので、反応が途切れると意外なほどむなしさを感じます。
何から変えればいいのか
方法は、見る人がまったくいない領域を一つ作ることです。誰も見ていない領域、たとえば一人のときに着る服や食べるもの、ほかの人に言わない趣味でだけは飾らずに、ただ自分が引かれるほうを選ぶと決めます。見る人がいない中でした選択を集めると、見失っていた本当の好みを取り戻す手がかりになります。ほかの人の反応をしばらく考えずに、好反応とは関係ない自分の好みがまだ残っているかを確かめるわけです。ところが、同じ領域を悪い評価に敏感な人のために作っても役に立ちません。その人は自分を前に出そうとしたのではなく、非難が怖くて身を縮めています。見る人がいなくても「もし誰かに見られたらどうしよう」という心配が消えず、やはり安全なものだけを選ぶのです。この方法は、飾ることが癖になった人が使ってこそ、見失った好みを取り戻せます。
この説明が合わない場合とは
人前で自分を飾るどころか目立たないようにしきりに身を引き、目立つのが怖くて好きなものまで隠すなら、「見せる姿を飾る」タイプとは正反対です。飾ることではなく避けることが中心なのですから、そういう兆しなら「拒まれるとひどく傷つく」タイプを見るべきです。逆に、飾るのでも隠すのでもなく、ただ選ぶ基準そのものがなくて周りについていくなら、「認められるかで気分が変わる」タイプを見るほうが合っています。
根拠: セルフモニタリングの特性の研究 (状況やほかの人の反応に合わせて自分の姿を調整する特性を扱った心理学の研究)
人の評価に振り回されるについてよくある質問
Q. ほかの人の顔色をまったくうかがわないのが目標ですか?
違います。他人の目に気づく力は、共感や協力のもとにもなります。目標は人の目を無視することではなく、順番を変えることです。今は「ほかの人はどう見るだろう」が1番目の問いになっていますが、この問いを2番目に下げて、「自分はどうしたいか」を1番目に置く練習をします。ほかの人の目は参考にとどめ、決めるのは自分であることが目標です。
Q. 自分が何を好きなのか分かりません。
長い間ほかの人の同意に合わせて生きてくると自然にそうなりますが、取り戻すこともできます。間違えても困らない小さな選択から練習すればいいのです。お昼のメニュー、見る映画、歩く道のように、間違えても損のない選択を一日一回、誰にも聞かずにしてみます。子どもっぽく見えても、選ぶ力はこうすると伸びていきます。大きな決定を自分の考えで下すには、まず小さな決定を自分でした経験を増やす必要があります。
Q. 嫌なことを言われると、一日じゅうつらいです。
その一言で一日がだめになるのは、評価を自分の行動についての言葉ではなく、自分という人間についての言葉として受け取っているからです。「ここが惜しい」という言葉を「自分は足りない人間だ」と受け取ってしまうのです。直すべきは、その受け取り方です。評価を受けたら紙を二つに分けて、「行動についての情報」と「自分という人間についての判定」に分けてみてください。ほとんどの評価は前者なのに、これまで後者として受け取っていたことが分かります。
Q. SNSに投稿する前に、まず反応を想像してしまいます。
「見せる姿を飾る」タイプが日常でよく経験する場面です。問題は投稿する前に見直すこと自体ではなく、見直す基準が「自分が気に入っているか」ではなく「ほかの人が気に入るか」だけになっていることです。一つ試してほしいことがあります。反応を見ることができない記録(非公開の日記や、自分だけが見るアルバム)も並行してつけてみることです。誰も見ない記録がぎこちないどころか無理だと感じるなら、見せたい姿を手放せない癖がかなり強いというしるしです。
この説明をどう受け取ればよいか
この文書は自己理解を助けるための行動パターンの説明であり、医療・心理の診断や相談に代わるものではありません。日常生活が揺らぐほどの困難が続く場合は、専門家の助けを受けることをお勧めします。
このページのタイプ説明は一般的な構造です。
測定を終えると、自分の気質の組み合わせで実際に表れたパターンと強度、自分に合う一歩が、個人向けの文書として提供されます。