RECURRING LOOP · 感情・内面
嫉妬・比較
ほかの人の近況を見た日の夜、自分の暮らしが急にみすぼらしく見えたことはありませんか? 比べることは誰でも自然にしてしまうのでなくせません。けれど、比べたあとでどう縮こまるかは人によって違い、その形が分かれば、比べる向きを変えられます。
嫉妬・比較はなぜ繰り返されるのか
比べるなという助言は、世の中でいちばん守りにくい助言です。人は誰でもほかの人と比べて自分の位置を確かめるので、比べることは自然にしてしまいます。問題は比べること自体ではなく、比べたあとに湧く気持ちです。ある人は刺激を受け、ある人は縮こまります。
縮こまる形は三つあります。一つ目は、いつも自分よりうまくいっている人ばかり見る人です。何を成し遂げても自然にもっとうまくいった人を探してしまうので、今成し遂げたことをすぐにみすぼらしく思います。二つ目は、勝たないと気が済まない人です。比べることを観察ではなく競争と考えるので、同僚の昇進を情報ではなく負けとして受け取ります。三つ目は、奪われたと考える人です。ほかの人が成し遂げたことを見ると「あれは本来自分のものだったかもしれない」と思うので、うらやんでいるうちに悔しくなります。
三人とも外からは同じように「妬んでいる」ように見えますが、原因が違うので方法も違います。誰を見るかが問題の人、勝ち負けで見る人、公平かどうかを先に確かめる人がいます。この文書で、自分がどう比べているかをまず確かめてください。うらやましさはなくすべき感情ではなく、自分が本当に望んでいるものは何かを教えてくれる手がかりとして使える感情です。
嫉妬・比較にも種類があるのか
| タイプ | ひと言の場面 |
|---|
| 自分より上の人と比べる | “優れた人を見るほど萎縮する” |
| 競争相手と比べる | “勝つまでやめない人” |
| 不公平だと感じる | “奪われたと受け取る心” |
TYPE 1 · 自分より上の人と比べる
嫉妬・比較 1つ目のタイプ · 「優れた人を見るほど萎縮する」
このタイプの嫉妬・比較はなぜ生まれるのか
この人は、ほかの人が今どの位置にいるかに、とりわけ敏感に気づきます。ところが自分自身への確信は低いので、自分よりうまくいっている人を見るたびに、その差の分だけ自分が劣っていると考えます。ほかの人が成し遂げたことに目を通すと、すぐに自分をその人より下だと評価することを、自然にしてしまいます。問題は、こうして比べるほど気持ちが楽になるのではなく、足りないとますます強く感じることです。うらやみながら相手ではなく自分を低く見るので、相手がうまくいくほど自分はさらに駄目だと思う、という奇妙なことが起きます。時間がたつとこうして比べることが身について、ほかの人の良い知らせを聞くと、祝う前にまず脅かされたように感じるのです。同じ状況で、ある人は「それなら自分も勝ってやる」とやる気が湧き、ある人は「あれは本来自分のものなのに」と悔しがりますが、この人は違います。ほかの人を超えようとするのでも、世の中を責めるのでもなく、黙って自分を低く評価します。そして世の中にはいつも自分よりうまくいっている誰かがいるので、この人は比べるのをやめられずに続けます。
どんな場面で現れるのか
出勤途中にSNSを開いて、同僚の昇進の知らせを見ます。お祝いのコメントは書きますが、携帯電話を置いたあとは一日じゅう、自分だけが足踏みしている気がして力が抜けます。会議で後輩が良い評価を受けるのを見ると、良かったと思いながらも、いつの間にか少し肩がすくんで口数が減ります。久しぶりに会った友人が良い知らせを伝えてくれたときも同じです。心から笑ってあげながらも、帰り道のあいだずっと、同じ時間を生きてきたのになぜ自分だけここにいるのかと思って胸が痛みます。その夜は寝床に入ってからも、その人と自分を何度も比べてみて、結局自分はずいぶん遅れているという結論をまた出してしまいます。誰かを憎んでいるのではなく、つい自分をその人たちより下だと思ってしまうのです。
いつ強まり、いつ収まるのか
自分の状況が不安なときや、ほかの人の成し遂げたことが目につくときに、自分をその人とより頻繁に比べます。とくに、自分と同じような立場から始めたと感じる人が先を行っているときに、いちばん苦しくなります。逆に、自分が何かに打ち込んでいて自分で大丈夫だと感じられるときや、比べる情報そのものを見ないときは、ほとんど比べません。
よくある誤解は何か
ほかの人の目には、この人は消極的だとか、意欲がないように映ります。良いことに無関心だと誤解されることもあります。けれど実際は、ほかの人が成し遂げたことに誰よりも敏感に気づいていて、それを祝いたい気持ちもはっきりあります。外から淡々として見えるのは、その瞬間、自分を相手より低く評価することに追われて、表情を整える余裕がないからです。
何から変えればいいのか
役に立つのは、比べる範囲を狭めることです。「全体的に自分よりうまくいっている人」という漠然とした比べ方をやめ、「条件が同じで、始めた時期も同じこと一つ」だけを比べてみます。たとえば昇進の知らせに心が乱れたとき、その人の人生全体ではなく、今年自分が担当している仕事一つだけを取り上げて、先月の自分と比べる、というようにです。際限なくうまくいっている人ばかりを見ていたのを、範囲が狭く公平な一つの比較に絞れば、自分を低く評価することが減ります。ただし、この方法を競争心の強い人にそのまま勧めると逆効果になります。その人は自分を下げるのではなく、勝とうと頑張る人です。比べる範囲を狭めてあげると、かえって勝つべき相手がはっきりして、勝たなければという気持ちばかりが強くなります。比べる範囲を狭める方法が効くのは、うまくいっている人を見て縮こまる人だけです。
この説明が合わない場合とは
ほかの人が成し遂げたことを見て小さくなるより、「自分もあそこまで行ってみせる」とかえってやる気が湧くなら、「自分より上の人と比べる」タイプとは違います。そういう人は、うらやみながらも自分を下げずに勝負心を感じるほう、つまり「競争相手と比べる」タイプを見るほうが合っています。
根拠: 上方社会的比較の研究 (自分よりうまくいっているように見える人と比べて気持ちが傷つく心理を扱った研究)
TYPE 2 · 競争相手と比べる
嫉妬・比較 2つ目のタイプ · 「勝つまでやめない人」
このタイプの嫉妬・比較はなぜ生まれるのか
この人はうらやましくなると、縮こまるのではなく、すぐに「勝たなければ」というやる気を感じます。自己主張が強く、成長したい気持ちが大きいので、先を行く人を超えるべき目標として見ます。遅れている状態に長く耐えられず、その居心地の悪さからすぐに動き出すのです。問題は思わぬところから始まります。人との関係を、少しずつ勝ち負けの問題と考えるようになるのです。本来は一緒に喜ぶべき同僚の成功を素直に喜ぶのが難しくなり、その知らせをまず自分を刺激する言葉として受け取ります。これが繰り返されると、一緒にやっていくべき人まで、いつの間にか超えるべき相手と考えるようになるのです。同じ状況で、ある人は黙って自分を低く評価し、ある人は「あれは不当に奪われた自分のものだ」と世の中を責めますが、この人は違います。いつも「どうすれば先に行けるか」ばかり考えます。しかも、勝つべき相手が次々に新しく現れます。一人を超えるとすぐに次の人に目が向くので、先に行けたという満足は一瞬で、競争には終わりがありません。
どんな場面で現れるのか
SNSで同僚の昇進の知らせを見ると、お祝いのボタンを押したあと、すぐに自分の成果の一覧を頭の中でざっと見直し始めます。負けたような気分が嫌で、その日の夜はたまった仕事に取りかかるのです。自分と同じころに始めた知り合いが自分より先に進んでいると知ると、縮こまるより、予定を前倒しにしてさらに自分を追い込みます。何とか追いつき、どうせなら追い越したくなります。恋人が何気なくほかの人をほめたりすると、その人より自分のほうが優れている点を心の中で数え上げ、それとなく証明しようとするのです。週末に休もうと座っていても、先を行く人のことを考えて、またノートパソコンを開いてしまいます。少しのあいだも、負けている側にとどまりたくないのです。
いつ強まり、いつ収まるのか
順位や成果が目に見えてつけられる仕事をしているとき、とくに自分と同じくらいの実力だと思う人が先を行っているときに、ますます強く勝とうとします。締め切りや評価がかかっていると、なおさらです。逆に、勝ち負けに関係のない気楽な関係の中や、自分がもう先を行っていて脅かされていると感じないときは、競争しようとせずに相手を素直に応援します。
よくある誤解は何か
人はこの人を、きついとか情がないとか、同僚を利用してでも先に進もうとする人だと誤解します。けれど内側を見ると、負けるのが怖いのではなく、成長が止まることに耐えられないのに近いのです。冷たくしようとしているのではなく、遅れているという感覚があまりに落ち着かないので、その気持ちが外に冷たく出てしまうのです。認められたい気持ちが大きい分、刺激にも大きく反応します。
何から変えればいいのか
役に立つのは、勝ち負けの基準を変えることです。「ほかの人より先に行けたか」を問うていたのを、「先月の自分よりましになったか」を問うことに変えてみます。成長しようとするやる気そのものはこの人のいちばんの長所なので、なくす必要はありません。ただ、超えようとする相手を隣の人から過去の自分に変えれば、人との関係を勝ち負けの問題と考えずに、前に進もうとするやる気はそのまま守れます。同僚の昇進を、脅威ではなくほかの人のこととして見られるようになります。けれど、この方法を、うまくいっている人を見て縮こまる人に勧めても、あまり効きません。その人は勝とうとしているのではなく、自分をつい低く見てしまうほうです。基準を過去の自分に変えても、自分よりうまくいっている人との差はそのままなので、縮こまる気持ちはあまり減らないのです。基準を変える方法は、先に行こうとするやる気のせいで関係が悪くなるときに、いちばん効きます。
この説明が合わない場合とは
うらやましさを前にして、この人のようにやる気が湧くのではなく、かえって縮こまって自分がみすぼらしくなるばかりの人もいます。それなら、今見ているのは「競争相手と比べる」タイプではない可能性が高いでしょう。そういうときは、うまくいっている人を見るたびに自分を低く見積もる「自分より上の人と比べる」タイプを見るのが合っています。
根拠: 妬みと競争心の研究 (ほかの人に追いつこうとする良い妬みと、引きずり下ろそうとする妬みを区別した心理学の研究)
TYPE 3 · 不公平だと感じる
嫉妬・比較 3つ目のタイプ · 「奪われたと受け取る心」
このタイプの嫉妬・比較はなぜ生まれるのか
この人はうらやんでいるうちに、「あれは本来自分のものだったのに、不当に奪われた」と悔しがります。善し悪しを厳しく問い、物事がうまくいかなかった理由を自分より先に状況に求めるほうです。そのため、ほかの人との差を自分の問題とは見ずに、世の中が公平でないせいだと受け取ります。相手個人に嫉妬するより、世の中が公平でないと恨み、そうして恨みながら「自分は不当に遅れを取らされた人間だ」という感覚を正当だと考えるのです。これを長く繰り返すと、誰かがうまくいったと聞くたびに、祝う前に「裏に何かあるのだろう」と、まず不正な理由を探すようになります。同じ状況で、ある人は黙って自分を低く評価し、ある人は「それなら勝ってやる」と競いますが、この人は違います。自分でも相手でもなく、世の中全体を責めます。問題は、世の中が不公平だという考えが楽であるほど、その考えを自分が動かなくてもいい口実にしてしまうことです。世の中が間違っているのだから自分がじっとしているのも当然だと考え、そう考えているあいだに、この人の状態はどんどん悪くなっていきます。
どんな場面で現れるのか
友人が良い知らせを伝えてくれると、表向きは祝いますが、背を向けると「あれは家の支えがあったか、運が良かっただけだ」と、まず事情を思い浮かべます。自分と同じころに始めた知り合いが先を行っているのを見ても、自分の努力が足りなかったとは考えません。「もともとあの人に有利になっていた」というほうに、気持ちが決まるのです。SNSで誰かの昇進の知らせを見ると、実力よりもうまく取り入ったのだろう、うまく立ち回ったのだろう、とまず考えてしまいます。そうして悔しく思い、その悔しさから「だから自分はわざわざ頑張る理由がない」と結論を出します。何日かたって似た知らせをまた聞くと、今回も公平ではなかったという話から始めて、そのまま止まってしまいます。
いつ強まり、いつ収まるのか
結果が出るまでの過程が分からないと感じるときや、自分は規則を守ったのに損をしたと感じるときに、世の中を強く恨みます。ほかの人が成し遂げたことに運や家柄が関わっているように見えると、とくにそうです。逆に、過程がはっきり分かって結果に納得できるときや、自分で直接変えて小さな成果を得たときは、はっきりと恨まなくなります。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を、何にでも不満ばかり言う人、ほかの人がうまくいくのを見ていられない人だと誤解します。けれど内側を見ると、公平さへの感覚が人並み外れて鋭く、理不尽なことを我慢できない気持ちが強いのです。言いがかりをつけようとしているのではなく、世の中は決まりどおりに回るべきだという思いが強いので、外れているところがとりわけ大きく見えるのです。この人はそれだけ敏感なので、自分が損をしたと感じると悔しくなります。
何から変えればいいのか
役に立つのは、悔しいことの中から「自分が変えられること一つ」だけを選び出すことです。世の中全体が不公平だという大きな話はしばらく脇に置き、その中で今日自分が変えられる小さな項目を一つ選んで、そこにだけ力を使います。恨むことに使っていた力を自分がコントロールできることに使えば、世の中が間違っているのだからじっとしていてもいい、とはあまり考えなくなります。小さくても自分で動いて変えたものができれば、あまり悔しく感じなくなります。ただし、この方法は勝負心の強い人には役に立ちません。その人は世の中を責めてじっとしているのではなく、すでに勝とうと頑張っている人なので、晴らすべき悔しさそのものがありません。変えられること一つを選ぶ方法は、世の中が不公平だという考えを動かない口実にしてしまった人にだけ当てはまります。
この説明が合わない場合とは
ほかの人がうまくいったのを見て、「それなら自分も勝ってやる」という勝負心が先に湧く人もいます。「不当に奪われた」という悔しさではないなら、「不公平だと感じる」タイプでは説明しにくいでしょう。そういう人は、世の中のせいにするのではなく勝ちたい気持ちが先に立つ「競争相手と比べる」タイプを見るほうがいいでしょう。
根拠: 正義感受性の研究 (不公平を敏感に感じ、自分の損をほかの人のせいにしやすい特性を扱った研究)
嫉妬・比較についてよくある質問
Q. ほかの人と比べない方法はありますか?
比べること自体をしない方法はありません。人はもともとそう考えるものだからです。できるのは、誰とどう比べるかを選ぶことです。効果が確かめられている方法の一つは、ほかの人と比べるのではなく、過去の自分と比べることです。一年前の自分と今の自分を比べます。こうして比べれば、同じように比べていても縮こまらずに、良くなったところを確かめられます。
Q. SNSを見たあと、気分が沈みます。やめるべきでしょうか?
やめられるならそれがいちばんですが、たいていはやめられず、やめられない自分をまた責めることになります。もっと現実的な方法は、見るタイミングを管理することです。比べる癖は、自分の状態が悪いとき(疲れた夜、失敗した直後)にいちばんひどくなります。その時間帯を避けるだけでも、受けるダメージはぐっと減ります。そして、覚えておくべきことがあります。流れてくる投稿はほかの人の良い瞬間だけを集めたもので、それを自分の日常全部と比べるのは、そもそも公平な比べ方ではありません。
Q. 親しい友人の成功が素直に喜べなくて、後ろめたくなります。
よくあることで、おかしなことではありません。人はもともと、親しい間柄ほど強く比べます。近い間柄だからこそ比べるのです。喜びながら同時にうらやむこともできますし、うらやんだからといって友情が偽物になるわけではありません。後ろめたく思うのではなく、うらやましさを情報として受け取ってみてください。友人のうらやましいところこそ、自分が次に望んでいるものです。
Q. うらやましさと嫉妬は違うのですか?
向かう先が違います。うらやむときは「自分もあれが欲しい」と自分のことを考え、嫉妬するときは「あの人があれを失えばいいのに」と相手のことを考えます。うらやましさは自分の望むものを知るのに使えますが、長く嫉妬していると、自分は何も変わらないまま気持ちだけが疲れていきます。よく嫉妬してしまうなら、三つ目のタイプ(公平さを確かめるほう)である可能性が高いでしょう。本文の該当する節を読んでください。
この説明をどう受け取ればよいか
この文書は自己理解を助けるための行動パターンの説明であり、医療・心理の診断や相談に代わるものではありません。日常生活が揺らぐほどの困難が続く場合は、専門家の助けを受けることをお勧めします。
このページのタイプ説明は一般的な構造です。
測定を終えると、自分の気質の組み合わせで実際に表れたパターンと強度、自分に合う一歩が、個人向けの文書として提供されます。
この反復がよく見られる原型
測定で見る軸が重なる項目です。人が選んだのではなく、測定ルールから計算しています。