RECURRING LOOP · 実行・自己管理

大きな決定後の後悔・翻意

大きな決定を下したあと、選ばなかったほうばかりが良く見えませんか? 決めたあとに後悔を繰り返すのは選ぶのが下手だからではなく、後悔の仕方が人によって違うからです。

大きな決定後の後悔・翻意はなぜ繰り返されるのか

悩んだ末に決めました。引っ越しでも、転職でも、大きな買い物でも。ところが決めたその夜から、妙なことが始まります。あれほど悩んでいたときには見えなかった「選ばなかったほうの良さ」が、はっきり見え始めるのです。行っていれば、買っていれば、やめていれば、と。

決めたあとの後悔の仕方は三つあります。一つ目は、選ばなかったほうが良く見える「選ばなかったほうを考え続ける」タイプです。選ばなかったほうは経験したことがないので良い姿でしか想像できず、その想像と自分の現実を比べるので、現実がいつも劣って見えます。二つ目は、選択のせいにする「結果を状況のせいにする」タイプです。結果が少しでも思いどおりにならないと「あのときのあの決定のせいだ」と、すべての問題の原因を一つの決定にだけ求めます。三つ目は、確信が持てない「確信がなくて覆す」タイプです。決めはしたのに心の中で判断を終えられず、正しかったのかを何度も確かめ直します(検索する、比べる、人に聞く)。

決めたあとに迷いが出るのは、ふつうの反応です。何週間も何か月もその決定を考え直し続けて、今の生活がつらくなるときに問題になります。この文書で自分の後悔の仕方を見つけ、仕方ごとに、決定を問い直すことを終わらせる方法を確かめてください。まだ決める前なら、決定回避の回を先に読んでください。

大きな決定後の後悔・翻意にも種類があるのか

タイプひと言の場面
選ばなかったほうを考え続ける“選ばなかったほうが良く見える”
結果を状況のせいにする“選択のせいにする”
確信がなくて覆す“確信が持てない”
TYPE 1 · 選ばなかったほうを考え続ける

大きな決定後の後悔・翻意 1つ目のタイプ · 「選ばなかったほうが良く見える」

このタイプの大きな決定後の後悔・翻意はなぜ生まれるのか

この人が後悔するのは、気が弱いからではなく、決定を下したあとも「あのとき別のものを選んでいたら」という場面を、頭の中でありありと思い浮かべ続けるからです。決めたあともほかの可能性を想像し続け、今選んだほうで経験する小さな不便の一つひとつを「やっぱりあっちのほうがよかった」という証拠だと受け取ります。問題は、この比べ方が最初から公平でないことです。今選んだほうは実際に経験してみたので不便を全部知っているのに、選ばなかったほうは経験したことがないので、欠点一つない姿でしか覚えていません。そのため比べるほど、今選んだほうが損に見えます。耐えきれずに決定を覆して選び直しても、新しく選んだほうについて同じように後悔します。「結果を状況のせいにする」タイプはふつうの苦労を「間違った選択のせい」にし、「確信がなくて覆す」タイプは決定そのものに確信が持てずに何度も問い直します。「選ばなかったほうを考え続ける」タイプの核心は、「選ばなかったほうを実際より良く覚えている」というただ一つです。時間がたつほど、このように良くばかり見る癖は直しにくくなります。後悔するたびに選ばなかったほうの良さばかりをさらに多く数えるようになり、そうして数えた良さのせいで、次もまた後悔するからです。

どんな場面で現れるのか

転職して何か月もたつのに、前の職場の良かったところばかり思い出します。そこで息苦しかったことはもうあまり思い出さず、楽だった昼休みや慣れた同僚たちのことだけを良く覚えていて、それを今のなじみのない環境と比べてしまうのです。思い切って買った物を問題なく使っていても、夜になると買わなかった別のモデルのレビューをまた検索します。自分が買ったものの欠点を書いたレビューは、やけに深刻に受け止めます。買わなかったモデルの良いレビューばかり選んで読み、「あっちを買えばよかった」という場面を何度も思い浮かべるのです。実際にそのモデルを買っていたら経験したはずの不便は、経験したことがないので想像できません。そうして選ばなかったほうはどんどん欠点のないものに思え、今持っているものばかりがみすぼらしく見えてきます。

いつ強まり、いつ収まるのか

比べる相手を目の前で見るときや、今選んだほうで小さな問題が起きたときに、同じ考えをさらに強く繰り返します。別のモデルのレビューや前の同僚の近況のように、選ばなかったほうの知らせに新しく触れると、とくにそうです。逆に、選ばなかったほうの実際の欠点まで具体的に知ったときや、今選んだほうで打ち込めることができて想像する暇がなくなったときは、その考えをやめます。

よくある誤解は何か

周りの人はこの人を、気まぐれだとか、満足することを知らない欲張りだと見ます。全部持っているのに、ほかのものを欲しがっていると思います。けれど実際は、もっと良いものを欲しがっているのではなく、選ばなかったほうを実際より良く覚えてしまう思い違いのせいで、一人で苦しんでいるのです。今持っているものが嫌なのではなく、経験していないほうと経験したほうを不公平に比べて、自分で苦しんでいるのです。

何から変えればいいのか

選ばなかったほうを無理に忘れようとすると、かえって良く見えます。向きを変えて、決定を下すその瞬間に「あっちを選んでいても必ずあったはずの具体的な欠点」を前もって紙に書いておくことを勧めます。そのモデルを買っていたら経験したはずの音やよく起きる故障、前の職場に残っていたら相変わらず経験したはずの息苦しさを書く、というようにです。また後悔しそうになったときにその紙を出して読めば、欠点なく良いものとして覚えていた別の選択の実際の欠点をもう一度思い出して、公平に比べられます。欠点を書いた紙が効くのは、問題の原因が別の選択を良くばかり想像することにあるからです。同じ紙を「結果を状況のせいにする」タイプに勧めると逆効果になります。その人は別の選択を良く想像しているのではなく、今選んだほうのふつうの苦労を「間違った選択のせい」にする人です。別の選択の欠点をいくら書いても、目の前の苦労はやはり決定のせいに見えるのです。

この説明が合わない場合とは

選ばなかったほうを懐かしむのではなく、今選んだほうで苦労するたびに今を責める人もいます。「これはもともと大変なのではなく、自分が選択を間違えたせいだ」と考えるなら、「選ばなかったほうを考え続ける」タイプではありません。その場合は「結果を状況のせいにする」タイプを見てください。ほかの選択と比べることもせず、ただ「これで合ってるよね?」とほかの人に聞き続けるなら、「確信がなくて覆す」タイプです。

根拠: 上方反実仮想思考の研究 (もっと良い選択があったと仮定して後悔する考え方を扱った研究)

TYPE 2 · 結果を状況のせいにする

大きな決定後の後悔・翻意 2つ目のタイプ · 「選択のせいにする」

このタイプの大きな決定後の後悔・翻意はなぜ生まれるのか

この人が決定について気持ちを変えるのは、根気がないからではありません。今選んだほうで経験するふつうの苦労を「もともとその仕事が大変なのだ」と受け止められず、「選択を間違えたせいだ」と考えるからです。物事の成り行きを決めるのは自分ではなく周りの状況だと感じているので、結果を自分で作るものではなく、自分に起きることとして受け止めます。しかも気分の浮き沈みが大きいので、小さな苦労一つにも大きく反応し、そういうときはすぐに決定を覆したくなります。そのため、決定をひっくり返せば間違った状況から抜け出せる、という感覚になるのです。「選ばなかったほうを考え続ける」タイプは選ばなかったほうを良く想像します。「結果を状況のせいにする」タイプは逆に、今経験している当たり前の負担を「自分が間違っていた証拠」と考えて、悪くばかり見ます。選ばなかったほうを懐かしむのではなく、今選んだほうを悪いものと考えるのです。時間がたつほど、決定を覆す回数が増えます。ふつうの苦労を経験するたびに選択のせいにし、それで覆し、新しく選んだほうでまたふつうの苦労を経験すると、またその選択を責めるからです。

どんな場面で現れるのか

仕事でよくある問題が起きると、すぐに「この仕事を選んだのが間違いだった」と考えます。誰でも最初のうちは経験する苦労なのに、とりわけ自分が選択を間違えたせいで起きたことだと見てしまうのです。そして気分の変化が大きい日には、すでに結んだ契約や下した決定をまるごと覆したくなります。書類をまた取り出して解約の方法を調べ、そうしてやめればこの息苦しさから抜け出せそうな気がします。選んだほうについては、気になる欠点ばかりを大きく見てしまうのです。うまくいっている部分は当たり前のこととして見過ごし、うまくいかない部分ごとに「ほら、選び間違えた」と判断します。

いつ強まり、いつ収まるのか

気分の変化が大きい日や、予想より大きな苦労が急に起きたときに、状況をとくに見誤ります。疲れていたり睡眠が足りなかったりして気分の浮き沈みが大きくなるほど、そうなります。逆に、「どれを選んでいても、最初のうちはこれくらい大変だ」という基準がはっきりあるときは、状況を正しく判断します。気持ちが落ち着いていて、苦労を淡々と受け止める余裕があるときも同じです。

よくある誤解は何か

周りの人はこの人を、根気がなくてすぐにあきらめる人だと見ます。少し大変になると、何でもまず責める相手を探すと思っています。けれど実際は、ほかの人を責めたいのではありません。今経験している苦労が「もともとかかる負担」なのか「自分の間違った選択の結果」なのかを分ける基準がないので、全部を選択のせいにしているのです。怠けているのではなく、ふつうの苦労と間違った判断を見分ける基準がないのです。

何から変えればいいのか

気持ちを強く持てと言っても、この人には効きません。それより、決定を下すその瞬間に「どれを選んでも、最初のうちはこのくらいの苦労がある」という、ふつうにかかる負担の一覧を前もって書いておくことを勧めます。新しい仕事を始めれば慣れるまで何か月かは疲れるし、どんな契約でも最初のうちは問題がある、というようにです。あとで苦労が起きたらその一覧と目の前の苦労を照らし合わせ、一覧にもう書いてあったことなら「選択のせい」ではなく「もともとかかる負担」に分けます。こうしてふつうの苦労の基準を書いておけば、誤って受け止める余地が減ります。同じ一覧を「確信がなくて覆す」タイプに勧めると逆効果になります。その人は苦労を選択のせいと誤解しているのではなく、決定そのものに何度も確信が持てなくなる人です。ふつうの負担の一覧を読んでも、「それで、この決定は本当に正しかったのかな」と、またほかの人に聞くことになります。

この説明が合わない場合とは

今選んだほうを責めるのではない人もいます。選ばなかったほうが欠点なく良いものとして何度も思い浮かび、そちらと比べて苦しんでいるなら、「結果を状況のせいにする」タイプではありません。その場合は「選ばなかったほうを考え続ける」タイプを見てください。また、今を責めることも別の選択を想像することもない人もいます。ただ確信が持てずに、「これで本当に合っているのか」を周りに何度も確かめてもらおうとするなら、「確信がなくて覆す」タイプです。

根拠: 統制の所在と原因帰属の研究 (結果の原因を状況やほかの人に求め、気分に大きく左右される特性を扱った心理学の研究)

TYPE 3 · 確信がなくて覆す

大きな決定後の後悔・翻意 3つ目のタイプ · 「確信が持てない」

このタイプの大きな決定後の後悔・翻意はなぜ生まれるのか

この人が何度も問い直すのは、決定を間違えたからではなく、決定そのものはきちんと下しておきながら「決めた」と確信できないからです。自分をあまり信じられないので、「これに決めた」とはっきり感じられないまま過ごしています。そのうち新しい情報に一つ触れただけで、終えたはずの決定をまた検討し始めます。選ばなかったほうを良く想像しているのでも、今経験している苦労を選択のせいにしているのでもありません。ほかの選択と比べることも、ほかの人を責めることもせず、ただ「決めた」という状態を保てないことが核心です。そのため周りの人に「これで合ってるよね?」と絶えず聞きます。誰かが「よくやったよ」と言ってくれると少しのあいだ安心しますが、確かめてくれる人がいないと、また大きく疑うのです。時間がたつほど、この繰り返しはひどくなります。決めるたびに確信が持てず、すでに下した決定を何日かあとに最初から検討し直し、もう一度確かめてもらわなければならないからです。決定の中身が問題なのではなく、決定を決まった状態のまま保てないのです。

どんな場面で現れるのか

何かを決めておきながら、何日かたつとまた人に「これに決めたの、よかったのかな?」と聞きます。昨日聞いて安心したことを今日もまた聞き、相手が同じ答えをしてくれて、ようやく少し気持ちが落ち着きます。すでに結んだ契約を前にしても落ち着かず、何度も見直します。ただ、選び間違えたと確信して覆そうとしているのではなく、決めたと確信できないので「このままにしておいて本当にいいのか」と決定を検討し直し続けているのです。そのため実際に解約はしないまま、確かめてくれる人を探して、何人もに同じ質問をします。決定を下したあとも、その決定のことを考え続けます。

いつ強まり、いつ収まるのか

確かめてくれる人がそばにいなくて一人で決定を抱えなければならないときや、決定と少しでも食い違う新しい情報に触れたときに、自分の決定をさらに疑います。誰かが何気なく「それ、大丈夫?」と一言言っただけでも、また不安になります。逆に、決めたときの理由を書いておいていつでも読み返せるときや、信頼できる人が確かめてくれた直後は、ずっと安心できます。

よくある誤解は何か

周りの人はこの人を、優柔不断だとか、人に頼りがちな人だと見ます。全部決めておいて、なぜまた聞くのかと、もどかしがります。けれど実際は、決められないのでも、判断が悪いのでもありません。下した決定を「決まった」という状態のまま保つ力が弱く、自分では疑いを終わらせられないので、ほかの人に確かめてもらって、その都度少しのあいだ安心しているのです。判断力ではなく、決定を保つ力の問題です。

何から変えればいいのか

疑いが出るたびに決定を最初から検討し直すと、疑う理由がかえって増えます。そこで勧めたいのは、決定を下したその瞬間に、なぜそう決めたのか、何を期待し、どんな根拠があったのかを文章で書いておくことです。そして何日かたって疑いが大きくなったら、決定を新しく考え直さずに、書いておいたその文章を取り出して読み返します。そうすれば、あのときなぜ確信したのかをもう一度思い出せるので、何度も検討し直していた決定を、もう一度終わりにできます。確信を新しく作り出せというのではなく、決めたときにあった確信を文章に残しておけということです。同じ方法を「選ばなかったほうを考え続ける」タイプに勧めると逆効果になります。その人は確信が持てないのではなく、選ばなかったほうを良く想像する人です。決定の記録をどれだけ読んでも、選ばなかったほうがやはり良く見え続けて、記録だけでは後悔をやめにくいのです。

この説明が合わない場合とは

確かめてもらえば済むのではなく、選ばなかったほうが欠点なく何度も思い浮かび、今のものと比べて苦しんでいるなら、「確信がなくて覆す」タイプではありません。その場合は「選ばなかったほうを考え続ける」タイプを見てください。また、今選んだほうで苦労するたびにその苦労を「自分が選択を間違えたせいだ」と考えて覆したくなるなら、確信の問題ではなく、「結果を状況のせいにする」タイプです。

根拠: 自己概念の明確さの研究 (自分についての考えがあいまいなほど、決定が何度も変わる現象を扱った研究)

大きな決定後の後悔・翻意についてよくある質問

Q. 決めたあと、なぜ選ばなかったほうのほうが良く見えるのでしょう?

選ばなかったほうでは、不便を経験することがないからです。自分が選んだほうの不便は毎日実際に経験しますが、行かなかったほうについては良い場面ばかり想像してしまいます。公平に比べる方法があります。行かなかったほうを懐かしむときに、その選択をしていたら経験したはずの問題まで具体的に一緒に思い浮かべるのです。「あの会社に行っていたら」と想像するときは、その会社の残業や通勤も一緒に思い浮かべてこそ、きちんと比べられます。

Q. 物事がうまくいかないたびに、あのときの決定が恨めしくなります。

すべての原因を一つの決定に求めるのは、考える手間を省こうとする習慣です。複雑な現実を一つの決定で説明すれば簡単になるからです。けれど今の状況の大部分は、大きな決定一つではなく、そのあとにした何百もの小さな選択の結果です。恨めしくなったときは、こう自分に聞いてみてください。「あの決定をしていなかったら、今は全部うまくいっていただろうか?」正直に答えれば、たいてい「別の問題があっただろう」です。そう答えると、それ以上問い直さなくなります。

Q. 正しい決定だったのか、何度も検索したり人に聞いたりしてしまいます。

確かめると少しは安心しますが、そのあとかえって不安になります。検索するほど、反対の例をたくさん目にするからです。問い直すことを終わらせる規則を勧めます。一つ目は、決めた直後に「この決定の理由を三行」書いておくことです。二つ目は、また疑いが出てきたら、検索せずにそのメモだけを読むことです。三つ目に、もう一度判断し直す条件を前もって決めておきます。「六か月後に、この基準だけで見直す」というようにです。いつでも問い直していた決定を、決まった時期にだけ見直すように変えるだけで、ずっと消耗しなくなります。

Q. 本当に間違った決定だったとはっきりしたら、どうすればいいですか?

そのときは後悔するのではなく、決定を直せばいいのです。たいていの決定は、思っているより直せます。また転職することも、売り直すことも、戻ることもできます。ただ、間違いだと判断する基準だけは厳しく決めてください。気分(今日はつらかった)ではなく前もって決めた指標で、一時のことではなく何か月かの流れで判断します。その基準で見ても「本当に間違った決定」なら、損をしたことを認めて次の決定に進むほうが、その決定をいつまでも思い返すよりいいのです。

この説明をどう受け取ればよいか

この文書は自己理解を助けるための行動パターンの説明であり、医療・心理の診断や相談に代わるものではありません。日常生活が揺らぐほどの困難が続く場合は、専門家の助けを受けることをお勧めします。

このページのタイプ説明は一般的な構造です。 測定を終えると、自分の気質の組み合わせで実際に表れたパターンと強度、自分に合う一歩が、個人向けの文書として提供されます。

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