RECURRING LOOP · 関係
過剰依存・執着
返信が三十分遅れるあいだに、あれこれ想像してしまったことはありませんか? しがみついてしまうのは愛が強すぎるからではなく、自分に足りない何かを、相手からしか得ていないからです。
過剰依存・執着はなぜ繰り返されるのか
返信が三十分ないだけで、ひどくつらくなります。相手の言い方が昨日と少し違うことに気づき、その理由を一晩じゅう考えます。こうすると相手がつらくなることは、頭では分かっています。けれど、分かっていることとやめることは別の問題です。自分がしがみつくほど相手は離れ、相手が離れるほど自分はさらにしがみつくことを繰り返します。
しがみついてしまう理由は人によって違い、大きく三つあります。一つ目は、自分で自分をなだめられない人です。不安になったときに一人で落ち着く方法がないので、相手が「私たち、大丈夫だよ」と確かめてくれてはじめて安心します。二つ目は、認められてはじめて自分の価値を信じられる人です。相手の愛情を自分の価値の証拠にしているので、愛情表現が減ると、自分に価値があるのかどうか確信できなくなります。三つ目は、関係にすべてを注ぎ込むうちに自分を見失った人です。趣味も友人も日常も一つの関係に集めてしまったので、この関係が苦しくなると生活全体が苦しくなるように、自分でしてしまった場合です。
三つとも、問題の原因は相手ではなく自分の側にあります。そのため、相手にもっとしがみつくことは解決方法になりません。この文書では、自分に何が足りないのかを見つけ、相手一人からだけ得ていた安心を、いくつもの場所から得る方法を扱います。関係を愛さないようにしようというのではなく、関係が終わっても自分が持ちこたえられる力を育てようということです。
過剰依存・執着にも種類があるのか
| タイプ | ひと言の場面 |
|---|
| 離れていかれるのが怖くて引き止める | “自分で自分をなだめられない心” |
| 認められたがり続ける | “認められてはじめて安心する” |
| 関係にすべてを注ぐ | “すべてを費やして自分を見失う” |
TYPE 1 · 離れていかれるのが怖くて引き止める
過剰依存・執着 1つ目のタイプ · 「自分で自分をなだめられない心」
このタイプの過剰依存・執着はなぜ生まれるのか
不安になったとき、一人で気持ちを落ち着かせる力が弱い人がいます。不安になると自分でなだめられず、身近な人の声を聞いたり反応を確かめたりして、ようやく安心します。そのため相手と自分をうまく分けられないまま毎日を過ごすことになるのです。少し連絡がないだけで関係そのものが切れたように感じ、そのあいだに「今、何してる?」のような確かめの連絡を急いで送ります。大事なのは、これがけんかのあとにだけ出る反応ではないことです。けんかがなくても、何事もないふつうの日でも、心のどこかでいつも相手のことを気にしています。この人は、相手に「いい人だ」と評価してほしくてしがみつくのでも、関係が好きで自分の生活をまるごと注ぎ込むうちに自分を見失うのでもありません。一人になる瞬間の不安を受け止める方法が相手しかないので、そばにいようとするのです。そして相手に頼るほど、一人で気持ちを落ち着かせることをあまりしなくなって、だんだんできなくなります。弱くなった分またもっと頼るようになって、この繰り返しから抜け出すのがますます難しくなるのです。
どんな場面で現れるのか
午後じゅう返信がないと、仕事に集中できません。事故にあったのか、自分への気持ちがなくなったのかとあれこれ考えて、結局「忙しい?」と短いメッセージを送ってから、ようやく少し安心します。一人で過ごす夜は、やけに長く感じられます。特に話すことがなくても「ちょっと顔だけ見ようか」と会う口実を作ります。そばに人がいて、ようやく落ち着けるからです。相手の表情が少し曇っていると、その夜はずっと「自分から離れていくのかな」と考え続け、表情が和らぐまでそわそわします。三つとも、相手が自分をどう評価しているかが気になるからではなく、その人が今自分のそばにいるかを確かめてはじめて安心できるので、している行動です。
いつ強まり、いつ収まるのか
一人でいる時間が長くなったときや、相手の反応がいつもより遅くなったときに、ぐっと強くしがみつきます。夜になって連絡が途絶えがちになる時間や、相手が旅行や出張で遠くにいる日は、とくにそうです。逆に、相手がそばにいて反応が規則正しく返ってくるときや、一人でも自分をなだめられた小さな成功が増えたときは、ずっと落ち着いて待てます。確かめられなかったからではなく、確かめなくても大丈夫だった経験が増えたからです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「執着が強い」とか「自立していない」と簡単に言います。愛情が強すぎるか、相手を信じていないからそうしているのだと思っています。けれど実際は、相手を疑っているのではなく、一人になった瞬間の不安を自分で消す方法を、まだ持っていないのに近いのです。信頼がないのではなく、自分をなだめる方法が一つしかないので、その一つを何度も求めてしまうのです。気が弱い人なのではなく、ほかの人になだめてもらってはじめて落ち着ける人です。
何から変えればいいのか
不安になったとき、相手に連絡する前に、決めておいた自分の行動を一度やってみる方法があります。もやもやしたらすぐにメッセージを送るのではなく、十分だけ歩きに出る、今の気持ちをノートに書く、少し体を動かす、そのうえでまだ必要なら連絡する、という順番です。要は、不安になったら相手を求める前に、まず自分でなだめてみることを少しずつ増やすことです。ほかの人になだめてもらってはじめて落ち着けていた人は、この小さな順番をたどることで、「自分も自分をなだめられる」ことを初めて経験します。そうして、相手に少しずつしがみつかなくなるのです。問題は、同じ散歩や記録が、相手に認めてもらうことで自分の価値を確かめようとする人には役に立たないことです。その人に足りないのは落ち着く方法ではなく「自分はいい人間だ」と認めてもらうことなので、一人で気持ちを落ち着かせても、必要なものは得られないからです。
この説明が合わない場合とは
一人でいる時間にもあまり不安にならないのに、ただ相手が「よくやったね」と認めてくれたときだけ自分の価値を確信できる人なら、このタイプではありません。不安を消そうとしているのではなく、良い評価をもらおうとしてそばにいようとしているように見えるなら、「認められたがり続ける」タイプのほうが自分の姿に近いでしょう。
根拠: 不安型愛着の研究 (見捨てられるのではと不安で、相手にしがみつき、確かめを求める関係のあり方を扱った研究)
TYPE 2 · 認められたがり続ける
過剰依存・執着 2つ目のタイプ · 「認められてはじめて安心する」
このタイプの過剰依存・執着はなぜ生まれるのか
自分がちゃんと生きているのか、いい人間なのかを、自分で判断するのが難しい人がいます。そのため身近な人が「あなたは本当にいい人だね」と言ってくれたときにようやく自分の価値を確信でき、そう言ってくれる人を失わないように、そばにいようとします。自分の価値を自分で決められず、相手に認めてもらうことで確かめているので、認めてもらえないと、自分に価値があると思えなくなります。この人は、一人でいる瞬間の不安を消そうとしてしがみつくのではありません。この人にとっては、相手のそばにいるかどうかより、その人が自分をどう見ているかのほうが大事です。かといって、関係が好きで自分の生活をまるごと注ぎ込むうちに自分を見失うほうでもありません。この人は主に「よく見られるために」心を尽くします。相手の基準に合わせ、相手が望みそうな姿を見せ、嫌なことを言われても我慢しているうちに、自分への評価を少しずつ相手に任せるようになります。そして評価を任せるほど、自分でつけた価値を信じられなくなるのです。信じられない分またほかの人に認めてもらうことを求め、こうした繰り返しをだんだん当たり前に思うようになります。
どんな場面で現れるのか
昼食のメニュー一つを選ぶときも、「これ、どう?」とまず相手の反応をうかがいます。転職のような大きな決定を前にすると、なおさらです。答えが分からないからではなく、自分の選択が相手の目に良く見えるという確認があってはじめて、安心して選べるからです。話している途中で相手の表情が少し暗くなると、「何か間違ったかな、がっかりさせたかな」と、その表情を自分への評価として受け取ります。その日の気分が良くなるか悪くなるかも、その表情しだいです。週末の予定や新しく始める趣味も、「これをしたら、あの人は自分をもっといいと思ってくれるかな」をまず計算して選びます。自分が何をしたいかより、どんな姿が良い評価を受けるかを先に考えます。
いつ強まり、いつ収まるのか
評価される状況や、よく見られなければならない相手の前では、とりわけ頑張ります。新しくよく見られたい人に出会ったときや、相手の反応があいまいだったり無言だったりして、自分をどう評価しているのか分からないときは、とくにそうです。逆に、相手が条件なしにありのままの自分を受け入れてくれると信じられるときは、ずっと頑張らなくなります。ほかの人の反応に関係なく、自分でよくやったと認められた瞬間が増えたときも同じです。認めてもらえなかったからではなく、認めてもらわなくても大丈夫だった記憶が増えたからです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「優しい」あるいは「人の顔色をうかがいすぎる」と見ます。思いやりが深いか、気が弱いからだと思っています。けれど実際は、ほかの人のために合わせることが目的なのではなく、合わせたあとに相手が「いいね」と言ってくれるのを聞いて、自分の価値を確かめようとしているのです。気が弱くて振り回されているのではなく、自分の価値を決める基準を、まだ自分で持てていないのです。そのため、ほめられるととりわけ明るくなり、反応がないととりわけ元気がなくなります。
何から変えればいいのか
一日に一度、誰に何と言われても関係なく、自分を認める根拠を自分で書いてみる方法があります。今日やり遂げたこと、守った決まり、我慢しきった瞬間を一、二行書き、「これは自分から見てもよくやった」と自分で認めるのです。ほかの人に任せていた自分への評価を、一日に一つずつ自分でしてみる練習です。自分の価値を決める基準を相手に任せてきた人は、この短い記録をすることで、「誰にも認められなくても、自分は分かっている」という感覚を初めて得ます。一方、関係に生活をまるごと注ぎ込んで自分の領域がなくなった人がこの記録をしても、的が外れます。その人の問題は認められることが足りないことではなく、時間と気持ちを一人にばかり注いでいることです。自分を評価するより、時間と気持ちをいくつもの場所に分けて使うことが先なのです。
この説明が合わない場合とは
ほかの人の評価ではあまり変わらないのに、好きな人ができると予定も関心も人間関係も全部その人に注ぎ込む人がいます。自分の生活がなくなってしまうなら、このタイプではありません。いいと認めてもらおうとしているのではなく、一人の人に生活をまるごと注ぎ込むほうに見えるなら、「関係にすべてを注ぐ」タイプの話のほうが身に覚えがあるでしょう。
根拠: 条件つきの自己価値の研究 (ほかの人に認められたときだけ自分の価値を感じ、関係に強く頼るようになる心理を扱った研究)
TYPE 3 · 関係にすべてを注ぐ
過剰依存・執着 3つ目のタイプ · 「すべてを費やして自分を見失う」
このタイプの過剰依存・執着はなぜ生まれるのか
不安や認められたい気持ちではなく、関係にのめり込むこと自体が原因の人がいます。好きな人ができると情熱と力を惜しみなくその人に注ぎ、予定も関心も人間関係も、だんだんその一人を中心に決めていきます。この人は、一人になる瞬間が怖くてしがみつくのではありません。怖いからではなく好きだから、その関係に心のすべてを注ぐうちに、いつの間にか自分だけの生活が減っていきます。相手が自分をどう評価するかで自分の価値を決めているのでもありません。評価が気になるのではなく、その人と過ごす時間が生活のほとんどすべてになってしまっている状態です。この関係からしか力を得られなくなると、相手が一人で過ごそうとするときでさえ拒まれたように感じて苦しみます。そして関係に多くを注ぐほど一人で休める自分の生活が残らず、頼れる人がその人一人にさらに絞られていきます。そうした繰り返しをしていることに、自分では気づきにくいのです。最初は熱い愛に見えますが、時間がたつと、自分がいなくなってしまったというむなしさだけが残ります。
どんな場面で現れるのか
週末が近づくと、予定は自然とその人を中心に組まれます。もともと通っていた集まりも、一人で楽しんでいた趣味も一つ二つと後回しになり、いつの間にかカレンダーがすっかりその人との予定で埋まっています。もったいないからです。その人と過ごせる時間をほかのことに使うのが、損のように感じられるのです。一人で過ごす夜は退屈なだけでなくなぜか寂しく、「一緒にご飯でも食べよう」と会う口実を作ってその時間を埋めます。転職のような大きな決定も、一人で決めたくありません。よく見られたいからではなく、生活のたいていのことをその人と一緒に経験して分かち合うことが、この関係のいちばんの喜びだからです。
いつ強まり、いつ収まるのか
新しい関係にのめり込み始めた最初のころ、相手も自分も互いに夢中になっている時期に、時間と気持ちをいちばん多く注ぎます。心が大きく動く相手ほど、一緒に過ごす時間が増えてほかのことを後回しにする余裕ができるほど、そうなります。逆に、関係の外でも自分で続けている活動があるときや、その人がいなくても充実して過ごせる時間が日常にあるときは、関係にばかり没頭しません。のめり込むことが悪いからではなく、時間と気持ちを注ぐ場所がいくつにも増えれば、自然と分けて使うようになるからです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「恋愛体質」とか「一度はまると周りが見えなくなる」と見ます。愛情がとりわけ深い人だと思って、うらやましがることもあります。けれど時間がたつと、本人は自分がどんな人間だったのか分からなくなったというむなしさを感じます。相手を信じられなかったり認められたかったりするからではなく、好きな気持ちを一人にだけ注いで、生活のほかの部分には何も残っていないのに近いのです。愛の足りない人ではなく、愛する相手を一人しか残していない人です。
何から変えればいいのか
相手と関係なく続ける自分だけの活動の時間を、毎週の予定表に前もって決めておく方法があります。火曜の夜の運動や、隔週土曜の午前の昔からの集まりを決めておき、相手とどれだけ親しくなっても、その時間は変えないと前もって空けておくのです。一人にばかり注いでいた時間と気持ちをほかの場所にも分けて使い、関係に没頭したあとも一人で休める自分の生活を残しておく練習です。一人に生活をまるごと注いで自分の領域がなくなった人は、こうして前もって確保した時間を過ごすことで、「自分にも自分だけの時間がある」という感覚を取り戻します。ところが、一人でいると不安になる人に同じように一人の時間を確保させると、その人はかえってつらくなります。その人はその時間にさらに不安になって、結局連絡しながらその時間を過ごしてしまいます。時間を先に空けるより、一人で気持ちを落ち着かせる練習を先にするべきなのです。
この説明が合わない場合とは
一人の時間を用意してあげても安心するどころかかえってもっと不安になる人がいます。何度も連絡しながらその時間を過ごすなら、のめり込みのせいでしがみついているのではありません。好きだから全部注いでいるのではなく、一人になるのが怖くてそばにいようとしているように見えることがあります。それなら「離れていかれるのが怖くて引き止める」タイプの話を先に見るほうが合っています。
根拠: 関係の密着と自己拡張の研究 (相手と自分の境目があいまいになるほど、深く絡み合いすぎる関係を扱った研究)
過剰依存・執着についてよくある質問
Q. 愛していれば、しがみついてしまうのは当たり前ではないのですか?
深い愛情としがみつきは似て見えますが、生まれる理由が違います。愛情は相手がいてうれしいから生まれ、しがみつきは相手がいないと不安だから生まれます。見分け方はこうです。相手が自分なしでも元気に過ごしていることが、うれしいか、不安かを自分に聞いてみてください。不安なことが多いなら、愛が大きいから起きている問題ではなく、安心を相手一人からしか得ていないから起きている問題です。
Q. 連絡がつかないと、まず最悪のことを想像してしまいます。どうやって止めればいいですか?
不安な想像は頭で打ち消しても続くので、想像をやめようとするより、先に体を動かすほうが早いのです。確かめられた順番はこうです。一つ目、想像が始まったら気づく。二つ目、「確かめの連絡をする前に三十分、体を動かす」(散歩、シャワー、片づけ)。三つ目、三十分たってもまだ必要なら連絡する。たいていは三十分のうちに落ち着き、そうして落ち着けた経験が増えると、あまり不安にならなくなります。
Q. 相手に何度も確かめを求めてしまいます(「私のこと好き?」)。
確かめてもらうとその瞬間だけ落ち着きますが、その効き目が続く時間もだんだん短くなり、相手は疲れていきます。求めるのをやめるより、安心を得られる場所を増やすほうが現実的です。安心を得られるほかのもの(友人、打ち込める活動、運動、自分にかける言葉)を、意識して改めて用意します。安心を相手からしか得ていないあいだは、確かめを求めるのをやめられません。相手以外にも安心を得られる場所を作ることが方法です。
Q. 関係にすべてを注ぎ込むことが、なぜ問題になるのですか?
一つの関係が苦しくなると、生活全体が苦しくなるからです。うまくいっているときはとても幸せですが、小さな変化の一つひとつがとても大きな問題になります。関係にだけすべてを注ぎ込んだ人は、相手のささいな様子にもひどく不安になり、そうして不安になることで、また関係を苦しくしてしまいます。むしろ関係の外の生活(仕事、友人、趣味)をしっかり築くほど、関係の中で余裕を持てるようになり、余裕があってこそ関係は長続きします。
この説明をどう受け取ればよいか
この文書は自己理解を助けるための行動パターンの説明であり、医療・心理の診断や相談に代わるものではありません。日常生活が揺らぐほどの困難が続く場合は、専門家の助けを受けることをお勧めします。
このページのタイプ説明は一般的な構造です。
測定を終えると、自分の気質の組み合わせで実際に表れたパターンと強度、自分に合う一歩が、個人向けの文書として提供されます。
この反復がよく見られる原型
測定で見る軸が重なる項目です。人が選んだのではなく、測定ルールから計算しています。