RECURRING LOOP · 自分らしさ・方向
方向の喪失
一生懸命生きているのに、ふと「この道で合っているのだろうか」と立ち止まったことはありませんか? 方向を見失うのは、自分の基準がないからではありません。その基準がどこでずれたのかは、人によって違います。
方向の喪失はなぜ繰り返されるのか
ほかの人から見れば、うまくやっている人です。経歴も積み重なり、やることもあります。それなのに本人は、なぜか空回りしているように感じています。何を目指して生きているのかと聞かれても答えられず、今している仕事が自分の望んだものかと聞かれると、ますます分からなくなります。
基準がずれる形は三つあります。一つ目は「人の基準に従う」タイプです。親の期待、世の中で正解とされるもの、周りの人のペースに合わせて方向を決めてきたので、自分が何を望んでいるのかを確かめたことがありません。二つ目は、一つに絞れない「探してばかりいる」タイプです。あれにもこれにも可能性が見えて調べ続けるばかりで、選べないのではなく、残りをあきらめられないことが問題です。三つ目は、自分の気持ちを信じられない「自分の判断を信じられない」タイプです。心引かれる方向はあるのに、「これは本当だろうか、思い違いではないか」と問い直して疑い続けます。
方向はたいてい見つけるものではなく、進みながら作っていくものです。完璧な答えを探す人は、いつまでも始められません。この文書は、自分の基準がどこでずれたのかを探し、答えがなくても次にやることを決める方法をタイプ別に扱います。方向だけでなくやる気そのものがないなら、無気力・空虚の文書を先に読んでください。
方向の喪失にも種類があるのか
| タイプ | ひと言の場面 |
|---|
| 人の基準に従う | “ほかの人の基準で選ぶ” |
| 探してばかりいる | “一つに絞れない” |
| 自分の判断を信じられない | “自分の気持ちを信じられない” |
TYPE 1 · 人の基準に従う
方向の喪失 1つ目のタイプ · 「ほかの人の基準で選ぶ」
このタイプの方向の喪失はなぜ生まれるのか
この人が「何を望むのか」という問いにとりわけ途方に暮れるのは、自分で望むものを決める力を育てたことがないからです。幼いころから大小の選択を、親が喜ぶほう、みんなが認めるほう、正解とされるほうに合わせてしてきました。それであまりに問題がなかったので、「自分が」何を望むのかを改めて問う機会がなかったのです。そのため、いざ自分の気持ちを確かめなければならない場面になると、何も思い浮かびません。問題は、この状態が時間とともにひどくなることです。ほかの人の基準で選ぶことを繰り返すと、「自分のもののようで自分のものではない」暮らしになります。その暮らしに慣れるほど、自分の気持ちを確かめる力は使われないまま、さらに弱っていくのです。同じように方向を見失っていても、候補が多すぎて選べない人や、望むものはあるのにその気持ちを疑う人とは原因が違います。この人は、選ぶ候補も疑う気持ちも、そもそも持ったことがないので、誰かが代わりに決めてくれるとすぐに動き出します。
どんな場面で現れるのか
進路を選び直さなければならないとき、この人は学科の紹介や適性検査より先に、親や先輩に電話をかけます。「どこがいいって?」と聞いて、みんなが良いと口をそろえるところに願書を出すのです。ところが相手から「あなたはどこに引かれるの?」と聞き返されると、言葉に詰まって話題を変えます。久しぶりに予定のない週末ができると、自由だと感じるより、かえって物足りない気持ちになります。何をしたいのか思い浮かばず、結局「最近みんなこれをしているらしい」というものに合わせて予約するか、誰かに誘われるのを待ってそのまま時間を過ごすのです。趣味を一つ持ってみたらと言われても、好きなものが何かという段階で行き詰まり、多くの人がしているものの中から無難なものを選んで、申し込むだけにしておきます。
いつ強まり、いつ収まるのか
選択の基準を自分だけで決めなければならないときに、いちばん大きく行き詰まります。参考にする人も、正解の一覧も、ほかの人の評判もなくなり、純粋な「自分の気持ち」だけが残った瞬間に、身動きがとれなくなります。逆に、誰かがはっきりした基準や方向を決めてくれたり、従うべきルールや模範解答が目の前にあったりすると、迷わずすばやく動きます。決めるのが遅い人ではなく、ほかの人が決めた基準があれば誰よりも早い人なのです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を、よく「無難で、言われたとおりにする人」と見ます。頼まれたことをきちんとこなし、あまり我を張らないからです。けれどこれは素直な性格というより、選ぶための自分の基準がないので、ほかの人の基準をそのまま使っているのに近いのです。欲がなさそうだと誤解されることもよくありますが、望むものがないのではなく、自分で望むものを決める力をまだ一度も使ったことがないだけです。
何から変えればいいのか
この人は、望むものを無理に見つけ出そうとすると、かえって何も望んでいないという感覚が強くなるだけです。反対に、親が喜びそうな選択肢と、みんなが認めそうな選択肢を一つずつ消してみます。そうしてほかの人の基準を全部取り除いたのに、なぜか引かれるものが一つ残るなら、それがこれまで気づかなかった自分の気持ちである可能性が高いのです。その小さな一つを実際にやってみながら、「ああ、これは言われたからではなく、自分でやったことだ」という感覚に少しずつ慣れていきます。気をつけたいのは、こうして消していく方法が誰にでも通じるわけではないことです。候補が多すぎて選べない人に同じように「消してみて」と言うと、その人は消しているうちに、かえって新しい候補を思いつきます。「じゃあ、これはどうだろう」と、範囲が広がるばかりです。この方法は、望むものが思い浮かばない人にだけ、自分で望むものを一つずつ見つけていく効果があります。
この説明が合わない場合とは
望むものがないと言いながら、心の中では引かれる候補がもういくつも浮かんでいる人もいます。その中から一つに絞ることだけがとりわけつらいなら、「人の基準に従う」タイプではありません。ほかの人の基準を全部取り除いても望むものがないどころか、かえって多すぎるほど浮かぶ場合です。候補が多すぎて一つに絞れない「探してばかりいる」タイプを、見てみるほうが合っています。
根拠: 自己決定と動機づけの研究 (外からの報酬や圧力で動いているのか、自分で大切だと思って動いているのかを区別して扱った研究)
TYPE 2 · 探してばかりいる
方向の喪失 2つ目のタイプ · 「一つに絞れない」
このタイプの方向の喪失はなぜ生まれるのか
この人が方向を決められないのは、望むものがないからではなく、頭の中で可能性を絶えず新しく思いつくからです。一つに決めようとするまさにその瞬間、その選択のせいでできなくなるほかのことを一度に思い浮かべてしまいます。そのため、一つに決めることを残りを捨てることのように感じて、結論を出す直前に何度もやめてしまいます。調べるほど状況は良くならず、むしろ悪くなります。調べるほど候補が増え続け、候補が増えると、また「まだ全部見ていない」と感じて、決定を際限なく先延ばしにするからです。ですからこの人は、情報が足りないのではなく、いつもあふれています。この人が苦労するのは、候補を広げるときではなく、絞らなければならないときです。同じように方向を見失っていても、自分の基準がなくて誰かに決めてもらうのを待つ人とは正反対です。この人は望むものがむしろ多すぎて、その多くのものを一つに絞れないのです。望むものがはっきりしなくて疑う人とも違います。この人は望むものがはっきりしないのではなく、いくつもがはっきりしすぎていることが問題なのです。
どんな場面で現れるのか
転職を控えたこの人のブックマークやメモには、候補が二十ずつ増えていきます。A社を調べていると、そこにつながる新しい業界が見えてきて、それを掘り下げていると、まったく別の職種に移る方法まで見えてきます。絞られるどころか調べるほど範囲が広がり、応募ボタンを最後まで押せないまま、開いたタブばかりが増えていきます。専攻を選び直すときも同じです。この学科の長所を整理していると隣の学科の可能性が思い浮かび、結局比較表ばかり何枚も作って、出願の締め切りを過ぎてしまいます。みんなには目標が一つずつあるのに自分にはないと言いますが、実際に話を聞いてみると、やりたいことをいくつも楽しそうに挙げます。ただ、そのどれも「これ一つ」に絞れないだけなのです。
いつ強まり、いつ収まるのか
いくつもの選択肢を一つに絞って決めなければならない瞬間、そしてその選択でほかのことができなくなるとはっきりした瞬間に、いちばんためらいます。取り返しがつかないと感じるほど、ますます迷います。逆に「これはちょっと試してみるだけで、いつでも変えられる」と感じられたり、誰かが期限を決めて無理にでも決めさせたりすると、かえって身軽に動けます。選択が一時的なものだと思えるとき、この人はいちばん早いのです。
よくある誤解は何か
周りの人はこの人を「あれこれ手を広げるばかりで最後までやり遂げない気まぐれな人」と思いがちです。関心を向けることが、よく変わるように見えてしまいます。けれど実際の心の中をのぞくと、関心が少ないのではなく、むしろ多すぎるので、どれか一つを捨てるのが惜しくて捨てられない状態に近いのです。根気がないという評価とは違い、この人に足りないのは情熱ではなく、残りをあきらめる決断です。
何から変えればいいのか
この人に「最高の選択を見つけてから動きなさい」と言うと、いつまでも始められません。最高のものを見極めようと調べているうちに、すぐ新しい候補を思いついて終わりがないからです。そこで順番を変えて、選ぶ前にまず期限を決めておきます。「今の候補の中からどれか一つを選び、三か月だけはほかのものを見ない」と前もって決めておくのです。完璧な選択を見つけたからではなく、期限を決めたから探すのをやめる方法です。三か月たったらそのときにまた見直せばいいので、一つに決めると残りを捨てることになるという負担もずっと軽くなります。この方法は、絞るべき候補がいくつもある人にだけ役に立ちます。候補そのものを思い浮かべたことのない人に「ほかのものはやめておいて」と言っても、その人にはやめておくものがないので、何も言えません。多すぎる候補を期限で減らす方法なので、候補のない人には減らすものがないのです。
この説明が合わない場合とは
やりたいことを挙げてみてと言われたとき、候補が次々に出てくるのではなく、本当に頭の中が真っ白な人もいます。ほかの人が方向を決めてくれるとすぐに気が楽になるなら、「探してばかりいる」タイプではありません。候補が多くて絞れないのではなく、そもそも候補がない場合なので、自分の基準がない「人の基準に従う」タイプを確かめてみるのが先です。
根拠: 最大化特性の研究 (いつも最善を探そうとして、選択肢が多くなるとかえって決めにくくなる特性を扱った研究)
TYPE 3 · 自分の判断を信じられない
方向の喪失 3つ目のタイプ · 「自分の気持ちを信じられない」
このタイプの方向の喪失はなぜ生まれるのか
この人は「これがいい」というかすかな感覚を、確かに持っています。問題は、その感覚をそのまま信じられず、「これは本当に自分が望んでいることなのか、それとも一時的な思い違いなのか」を先に見極めようとすることです。そのため、気持ちはあるのに、その気持ちを「これで合っている」と自分で認められません。確信が持てないので、何度もほかの人に確認を求めます。周りの人に「これ、どう思う?」と聞き、体験談や事例を調べて「やっぱり合っている」という確認をもらおうとします。けれど、ほかの人に確認してもらっても自分で確信できるようにはならないので、しばらく心強く感じても、すぐにまた最初のように疑い始めるのです。こうしたことを長く繰り返すと、望むものがあるのに、自分で「自分は望むもののない人間だ」と結論を出してしまいます。同じように方向を見失っていても、望むものをまったく思い浮かべられない人とは違います。この人には、望む気持ちがちゃんとあるのです。候補が多すぎて絞れない人とも違います。この人の問題は候補の数ではなく、自分が好きなものを好きだと言っていいのかを、自分に問い直してしまうことなのです。
どんな場面で現れるのか
「やりたいことは何?」と聞かれても、この人はすぐに頭が真っ白になるわけではありません。本当は心の中に浮かんでいるものがあるのに、口に出せずにごまかしてしまいます。「こう言って大したことなかったらどうしよう」「本当に自分の気持ちで合っているのかな」と思ってしまうのです。趣味の話をするときも、何かをしていると楽しいとは感じているのに、「この程度で好きだと言っていいのかな」と自分で資格を問います。そのため、周りの人に「私がこれをやるの、どう見える?」と何度も聞いて、確かめてもらおうとします。周りにはみんな目標があるのに自分だけないと言いますが、話を掘り下げてみると、気持ちが向いているほうが本当はあります。ただ、それを「これが自分の目標だ」と自分で認められないので、ないものとしてしまい込んでいるだけなのです。
いつ強まり、いつ収まるのか
はっきりしない気持ちを「これが自分のものだ」と自分で認めなければならない瞬間に、なかなか自分の気持ちを決められません。特に、間違えたら恥ずかしい選択や取り返しのつきにくい選択ほど確信が持てず、そのまま止まってしまいます。逆に、「間違えても大丈夫な小さなこと」だったり、とりあえずやってみて違ったらやめればいいと感じられたりすると、ずっと楽に最初の一歩を踏み出せます。確信が先に持てたら動くのではなく、負担が小さく、確信がなくても試せるときに、ようやく動けるのです。
よくある誤解は何か
そばから見ると、この人は「自分が何を望んでいるのかも分からない優柔不断な人」に映ります。いつもほかの人に意見を求め、決定を先延ばしにするからです。けれど、それは情報がないからではなく、もう持っている気持ちを自分で信じてあげられないので、ほかの人に確認を求めているのです。自分の考えがないという誤解とは違い、この人にないのは望む気持ちではなく、その気持ちを信じていいと自分に許すことなのです。
何から変えればいいのか
この人に「確信が完全に持ててから動きなさい」と言うと、いつまでも始められません。確信は検討して生まれるものではなく、やってみたあとでようやく生まれるものだからです。そこで順番を変えます。間違えても大きな損はしない小さな規模で、気持ちが向いているほうを先にやってみます。そのうえで、「やってみたら合っていた」あるいは「思っていたのと違った」を頭で判断するのではなく、実際に経験して確かめます。確信してから行動するのではなく、行動してから確信するのです。こうした経験を何度か重ねると、自分の気持ちを自分で認める力が育っていきます。この方法は、試す対象をもう一つに絞っている人に効果があります。候補が多すぎて何から試せばいいか決められない人に「小さく試してみて」と言っても、その人は何を試すかを選べないので、試すことさえできません。
この説明が合わない場合とは
もし確認を求めるのが、自分の気持ちを疑っているからではなく、そもそも引かれるものそのものがないからなら、「自分の判断を信じられない」タイプではありません。誰かが決めてくれると、疑わずにそのまま従って気が楽になる人もいます。それは気持ちを信じられないのではなく、望むものがない場合なので、「人の基準に従う」タイプを見てみるほうが合っています。
根拠: 自己概念の明確さの研究 (自分がどんな人間かという考えがどれくらいはっきりしているかを扱った研究)
方向の喪失についてよくある質問
Q. やりたいことがないのに、どうやって方向を決めればいいのですか?
「やりたいこと」が分からないときは、反対にやりたくないことを書き出してみるほうが確かです。二度としたくないこと、耐えられない条件を書き出します。こうして消していく方法が良いのは、判断するための経験をもう持っているからです。これまでの数年間の経験で、「これは違う」ということをもう知っているのです。違うものを一つずつ消していけば、残ったものがそのまま調べてみるべき方向です。望むことが分からないからと始めるのを先延ばしにしないでください。望まないことが分かるだけでも、十分に前へ進めます。
Q. あれこれ興味はあるのに、一つに決められません。
決められないというより、残りをあきらめられないのに近いのです。一つを選ぶと、ほかが消えてしまうように感じるからです。二つのことを捉え直してみると助けになります。①選択は一生守らなければならない約束ではなく、しばらくの間集中することです。2年打ち込んでから、また選び直せます。②ほかの関心は消えるのではなく後回しになるだけで、実際に一つの分野を深く身につけると、ほかの関心と組み合わせて自分だけの組み合わせを作れます。「探してばかりいる」タイプの長所は、関心が幅広いことです。ただ、幅広い関心を生かすには、一度は一つの分野を深く身につける必要があります。
Q. ほかの人と比べると、自分の人生がみすぼらしく見えます。
比べることに気を取られて、自分の方向が分からなくなっている状態です。ほかの人の基準で自分の位置を確かめると、自分はいつもどこかで後れを取っていることになるからです。方向を決める基準を変える必要があります。「ほかの人と比べてどこにいるか」ではなく、「去年の自分と比べて、どちらに進んだか」を見ます。そして、うらやましさを手がかりとして使ってください。誰の何がうらやましいのかを書き出してみると、自分が実際に何を望んでいるのかが分かります。
Q. 今の仕事は合っていない気がするのに、変えるには遅すぎる気がします。
「遅すぎる」という計算には、一つ誤りがあります。残りの時間を実際より短く見ていることです。今何歳であっても、これから働く時間は、たいていこれまでの経歴より長いのです。それに、方向転換は一からやり直すことではありません。これまでに身につけたものの多く(仕事の進め方、人との接し方、分野の知識)は、そのまま使えます。問うべきは「遅すぎるか」ではなく、「この仕事をあと10年続けても大丈夫か」です。その答えが「いいえ」なら、今日が残りの日々の中でいちばん早い日です。
この説明をどう受け取ればよいか
この文書は自己理解を助けるための行動パターンの説明であり、医療・心理の診断や相談に代わるものではありません。日常生活が揺らぐほどの困難が続く場合は、専門家の助けを受けることをお勧めします。
このページのタイプ説明は一般的な構造です。
測定を終えると、自分の気質の組み合わせで実際に表れたパターンと強度、自分に合う一歩が、個人向けの文書として提供されます。
この反復がよく見られる原型
測定で見る軸が重なる項目です。人が選んだのではなく、測定ルールから計算しています。